伊江島

 はいたーーーい!

 

引き続き沖縄は旧盆3日目、最終日、ウークイ ですね。

 

朝起きたら、昨日にも増して、良ーーーいお天気☀☀☀

昨日丸一日お家に居た私は、もうお出掛けモード全開です!!

 

はい、伊江島到着!

いつも本部町『ブルーコーラル』さんのレッスンへ行く度に、目の前にある伊江島。

すぐそこなのに、なかなか行く機会はありません。

以前は確か、6年ほど前に行きましが、近くて遠い伊江島です。

久しぶりのフェリーと言うことも有り、ハイテンションですよーーー!\(^o^)/

船内で、先日行った水納島をバックに記念写真。

そうこうしている、あっという間に伊江島に到着!

くぐり抜けた瀬底大橋。
くぐり抜けた瀬底大橋。
水納島&すれ違う伊江島からのフェリー。
水納島&すれ違う伊江島からのフェリー。

 

 

本部港から30分で伊江島到着です。

 

ここで、少し伊江島の歴史について勉強しましょう!!

 

沖縄本島本部半島の北西約9kmの位置にある伊江島一島の全部からなる。

島中央から少し東にずれたところにある標高172.2mの城山(ぐすくやま)は本島からもよく見え、伊江島タッチュー(イータッチュー)の愛称で親しまれている。産業は主に農業、漁業から成り立っている。本部港からもフェリーで30分あまりということもあり、「日帰り可能な離島」としての人気も高い。また、戦争に関する施設・史跡もあることから県内外からの修学旅行の需要も多い。

川平、東江前、東江上、西江前、西江上、阿良(あら)、真謝(まじゃ)、西崎の8つの集落からなる。定期便のフェリーが発着する港がある川平周辺が、島の中心部になっている。島の北西部には在日米軍伊江島補助飛行場があるなど基地の島でもある。一時は島の面積の約半分が米軍基地であったが、島民による基地返還闘争が継続的に行われ、5度にわたり部分的な返還がなされた。この結果、基地の面積は島全体の35%となっている。

 

歴史

旧石器時代から古代にかけての遺跡が数多くあり、特に島の南海岸の砂丘には多くの遺跡が連なる。

  • 旧石器時代 : 化石人骨が出土しているが文化的な様相は不明。
  • 貝塚時代前半(縄文時代) : 貝塚時代早期の土器が出土し、以後、南海岸の砂丘や台地上に遺跡がある。
  • 貝塚時代後半(弥生時代 - 平安時代) : 前半同様、多くの遺跡があり、九州との交易が考えられている。
  • グスク時代 : この時代の遺跡は少ないが、中国などの陶磁器が出土している。
  • 14世紀 : 伊平屋とともに北山王の支配下にあった。

 

戦後

日本の敗戦により、沖縄は米軍の支配下に置かれ伊江島では米軍の不発弾処理が行われていた。1948年8月6日に伊江島の波止場で、米軍の弾薬輸送船 (LCT1141) が接岸時に爆発事故を起こした。弾薬輸送船には、5インチロケット砲弾約5,000発(125トン)が積載されており、多数の死傷者を出した。その日は夏休み中だったこと、たまたま地元の連絡船が入港していて多くの人が出迎えに来ていたことなどで、米軍事故調査委員会報告書によると死者107人、負傷者70人を出し、米軍統治下の沖縄で最大の犠牲者を出す事故となった。

                       

----------- ウィキペディアより ----------

 

こうやって訪れた場所の事を少しでも調べてみると、また違った島の見え方が有ります。

戦時中そして戦後も、日本国の為に亡くなられた方に、深くご冥福をお祈り致します。

 

 

伊江島到着後、観光マップを手に、まず最初に向かう先は、タッチュー(城山)。

山の中腹までは、車で行ける為、そこから約10分の階段登り。

とはいえ、ナメテはいけません。階段の1つ1つの幅が大きい為、運動していない人には、意外と堪えるかも・・・。(^_^;)

さてさて、頂上到着の360度見渡せる景観がこちら!!(^^)!!

伊江港 方面
伊江港 方面
米軍補助飛行場 方面
米軍補助飛行場 方面
伊是名島 伊平屋島 方面
伊是名島 伊平屋島 方面
本部半島 備瀬崎 方面
本部半島 備瀬崎 方面

この日は、超快晴と言うことも有り、遠くは与論島と慶良間諸島まで見渡すことが出来ました。

\(◎o◎)/!スゴイ!!

 

 

頂上でのパノラマの絶景を約30分堪能した後、次に向かうはハイビスカス園。

 

ハイビスカス園到着!!(^O^)・・・・あれ!!??おや!!??

何にもなーーーい!!?? 

(>_<) (>_<) (>_<)

 

先日の台風15号の影響で、ハイビスカスが全く花をつけていません。

そうでした!そうでした!!台風きてましたね~。

ま~~仕方ないです。ここは潔く諦めましょう!

 

 

気を取り直し、次に向かうは 湧出(わじー)。

断崖絶壁の海岸。

そこからは、山からの湧水が出ていて、透明度の高い伊江島の海を、更にクリアに引き立たせているようです。

棚の水だまりには、かわいい子魚がたくさん。

小魚のプールですね!

でも少し怖かったのは、至る所にタコのような足を延ばした不思議な生き物。

この生き物は何なんでしょうね~~((+_+))??

まだまだ私の知らない沖縄が、色々あります。

 

しばしの水辺を楽しみ、島の残りの半島を周ります。

 

島内のあちこちに、気になっていたものが、再度見えてきました。

そうです。牛舎です。

そうです!伊江牛です!!

伊江牛は島の特産であり、島の至る所で育てられています。

島民人口約5000人対し、牛の数約5000頭。

人口とほぼ同じ頭数の牛が飼育されています。

沖縄県の中でも極めて高い品質のブランド牛で、県内外からも高い評価をされている和牛だそうです。

牛舎を後にし、向かうは『ニャティヤ洞』(千人洞)

「力石」があり、子宝に恵まれない女性が持ち上げると願いがかなうという言い伝えがあります。
また、戦争中は住民の防空壕として利用され、多くの人を収容した事から「千人洞(ガマ)」とも呼ばれているそうです。

 

 

さて、そろそろお腹も空いてきて、ちょうど時間もお昼12:00を過ぎたところ。

先ほどの伊江牛を是非とも食べたかったのですが、今日は沖縄の旧盆。

土曜日ですが、臨時休業のお店ばかりです。(>_<)

そんな中でも、がんばって営業しているお店がこちら!

すずらん食堂さん。

で頂いたのが、ポーク卵定食と沖縄そば。

どちらも伊江島の美味しい水を使用してるからでしょうねー!

とても美味しかったです。

特に3枚肉は、トロトロジューシーで美味しかったです!!(●^o^●)

 

 

昼食後は、最終便の16:00までの残りの時間を、海で過ごします。

向かうは、『伊江ビーチ』。

 

ここで僅かな時間を、またまた魚さんたちに会いに来たのですが、ですが、ですが・・・。

遠浅の海のサンゴは、残念ながらあまり根が付いていません。

なかなか魚に出会う事無く時間が過ぎてしまいました。残念。(ToT)

お魚さんも旧盆だったんでしょうね~~!!

でも、綺麗な青い海と、白い海岸と、海の家の優しい人達に、出会うことが出来ました。

 

 

さ~16:00です。

もう島を離れる時間です。

近いようで遠い・遠いようで近い伊江島ともお別れです。

いつも本部町のレッスンの時、横目に見ながら通り過ぎる島。

いつも行きたいな~~、と思っていた島。

6年越しの久々の島は、当時と変わっていない様子で、のんびりした風景。

次々に変化していく、那覇の街と違って、ホッとする風景。

また今度いつになるか分からないですが、訪れた時にも、同じ思いにしてもらえるような島であってほしいです。

(島の方々にとっては、栄えて便利になった方が良いかもしれません。ですから、これは私の勝手なエゴかもしれませんが・・・。)

 

 

近いようで遠い・遠いようで近い、伊江島の1日でした。